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うっかり死なないようにするだけ。

夫(私)が鬱でアスペルガー。妻は躁鬱。でも何とかなってるような気がしなくもない日々。

発達障害(アスペルガー・ADHD)と知識マウンティング

まずこれを。

 ※画像は転載していいのかわからなかったからしてません。

 

最近になって知った『知識マウンティング』という言葉。↑の漫画のような状態がそれに当たるようです。

 

何にでもハラスメントとかマウンティングとか付けておけばそれらしい言葉として成立して加害者と被害者が突如発生しちゃう勢いの昨今。

あまりこういうのは気にしない方なのですが、知識マウンティングは気をつけないといけないなぁと思いました。主に加害者側として。

アスペルガーADHDも、自分の興味のある事に対して必要以上に語ってしまったり、時には相手の感情を完全に無視して喋り続けてしまう傾向があるそうです。

興味のある事なんだから、そりゃある程度の知識が付いています。

私が自作オーディオやラノベやデザインの話をしたところで、興味のない人には別に聞きたくない話だろうし。

それでも話したくなるかというと、少なくとも私の場合、別にならないんですけどね。

聞き流されて構わない話なら壁にでも話しかけます。壁は怒らないので。(※本当にやってるわけじゃないです)

喋る時は相手を無視しても良いですという教育も受けてないですし。

 

ただ、アスペルガーADHDを併発しちゃってる自分にとってどうしたらいいかわからないのが、説明癖。

悪意はない。

悪意はないんだけど、私は自分が話そうと思った事の中に少しでも特殊性や専門性のあるワードがあれば、相手がそのワードを知っているか知らないかを事前に一々確かめないと会話が開始できない傾向があります。

そして知らなければ「じゃあいいや」で終わるのもおかしいと思い、くどくどと説明してしまいます。相手は興味ないかもしれないのに。

わかりやすく別の言い方に置き換えるとか、話題の方向を変えるとか、いっそ全く違う話に切り替えるとか、そういう機転が全く利きません。

かといって確かめずに喋り始めて突然「○○って何?」とか聞かれると予定が狂ってパニクってしまいます……。

 決して自分の知識をひけらかしたいとか自慢したいとかそういうわけじゃないんだけど、いや本音を言えば2%ぐらいはそういう気持ちもあるけれど、無意識に「説明」という知識マウンティングをしていることがあるなぁ、と。

 

それでも私は一見すると空気が読めない人とは余り思われないようなのですが、それは

1.相手が喋ってたら聞く。

2.相手が黙っていたら、自分から喋る。

というルールの中で生きているだけで、そこに「何となくお互い黙ってやり過ごす」とか「他愛もない会話で和む」とか、そういう曖昧な境界線が引かれてないんですよね……。

だから相手が黙っていると脅迫観念的に、それが責務であるかの如く、何か帰結のある内容で喋りはじめます。

会話には全て目的があるものだと考えてしまいがちです。

(ここまで書いてて思ったんですが、この人ウザいですね orz)

ついでに言ってしまえば、会話は楽しむものじゃなくて人間の義務だとすら思ってます。

私がアスペルガーという診断を受けた時、始めて「普通の人は会話を楽しんでいる」という事実を知り衝撃を受けました。

全員頑張って義務を果たしているものだとばかり思っていましたから……。笑顔でよく頑張っているなぁ。自分ももっと修練を積まないといけないなぁ。と。

 

先にも書いたとおり、アスペルガーADHDの人は自分の興味のある事に関してはブレーキなく喋ってしまいがち。

その上ハンドル操作が下手だから目的地まで直進し続けてしまう。

曲がれば良いのに。

止まっても良いのに。

目的地なくドライブしても良いのに。

それが中々できない。

 

そういう障害と言ってしまえばそれまでだけど、知識マウンティングで不用意に誰かを痛めつけてしまう前に、自分なりの解決手段を考えることはできますし、子供の場合は療育という方法もあります。

ADHDであれば薬に頼るのも手かもしれません。

 

それに、加害者にならないように――ということも勿論大事ですが、自分の発言で場の空気を壊してしまったり、何故か自分が流暢に喋っている時に限って雰囲気が悪くなったり、そういう苦い経験は結構心に残ります。

自分のためにも、知識マウンティングはできる限り避けるよう心がける必要があると感じました。

 

(いつもまとまりのない文章で申し訳ありません)