うっかり死なないようにするだけ。

夫(私)が鬱でアスペルガーでADHD。妻は躁鬱。でも何とかなってるような気がしなくもない日々。

アスペルガー障害なのに無謀にも飲食業に挑み、大失敗して借金を背負った私にとっての、診断とは。

以前のタイトルにあったように。

また、今もタイトルの下に書いてありますが、

私はアスペルガー障害です。

 

診断は30歳になってからで

それまでは自分が発達障害アスペルガー障害)だなんて全く思いませんでした。

周囲から変人扱いはされるものの

特別親しい友人には恵まれ

周りより早くに結婚もしていて

昔やっていた仕事は事務の管理職という

少なからず対人スキルが要求されるものでした。

 

しかしその仕事は

好きでやっていたわけでもなければ

得意分野だからやっていたわけでもない。

更に忙しくなればなるほど自分の能力が急激に低下することを感じ……。

多忙、つまり色々な仕事を同時に引き受けるには、向いていなかったんです。

 

そんな自分が嫌いでした。

昔から私は不器用で、運動音痴、要領が悪く、応用が利かない。

場面緘黙症のようにずっと黙っていることもあれば

突然マシンガントーカーになる事もあり、

また感覚過敏は小学生の頃からずっと指摘されていて

光や振動、音が極端に苦手。

乗り物に乗れば二秒で酔う。揺れが怖い。

揺れが怖くて、自分で歩く揺れさえ怖い。

横になれば心臓の鼓動が怖い。

 

……そんな人間は社会で通用しないと言われることも多くあり

このままでいてはいけないと、10代後半~20代の間は強く思い続けました。

私は器用にならなくてはならない

私は運動ができるようにならなくてはならない

私は苦手なものがあってはならない。

極端すぎるかもしれませんが、私は「丁度良い」というような塩梅、さじ加減がわかりません。

だから苦手な分野にばかり挑戦していました。

もちろん、やって良かったこともありますが

もし自分が発達障害だと最初からわかっていたら、やらなかっただろう無謀な挑戦も多々しました。

 

その最たる例が、飲食業で自分の店を開いてしまったこと。

(とても小さく、屋台が固定された程度のものでしたが)

私はサービス業ができません。

初対面の人と会話することが極端に苦手で

人の顔を覚えることができません。

親や兄弟でさえ思い出すのは難しい。

子供の顔も思い出せないことがあります。

 

また、二つのことを同時に行ったり

上手く切り替えることもできません。

これは調理と接客を同時にできないということではなくて

例えば会計に際して

「愛想良く、金額を計算して、現金のやりとりをする」

これは私にとって三つの作業を同時にやっていることになり、何度失敗しても何度経験しても上手くできないのです。

味だけは評判が良かったので、電話でテイクアウトの注文を受けます。

話をしながら、メモを取ります。

メモには注文を受けた品、名前、金額、を書かなければなりませんが

ほとんどの場合、どれかが書けていません。

酷い場合には、文字ではない何かぐにゃぐにゃした線だけが書かれていて、自分でもわけがわからなくなったりします。

だから電話の内容を一旦記憶して、紙に書き出すようにします。

しかし電話を切って直ぐ、別のお客様に呼ばれることがあります。

対応しないといけないと思ったが最後、一瞬で書くべき内容を忘れます。

 

私にとってサービス業というものは、苦手の塊であり、鬼門だったのです。

勿論失敗して、借金を背負いました。

しかし幸か不幸か、この時、ようやく自分の障害に気付き始めたのです。

 

サービス業で大失敗をして、専門の病院を受診し

アスペルガー障害だと診断された頃には

長年の努力の結果かわかりませんが

例えばIQテストにおいては、学生時代に受けたものと比べて

得意分野と苦手分野が完全に逆転していました。

アスペルガー障害の人が苦手であるはずの分野が検査上は苦手になっていなくて

一方、元々得意だった分野に関しては軒並み低下していて

総合的なIQは15程下がっていました。

苦手克服にばかり目を向けていた私の人生を集約したような結果です。

コミュニケーション能力にも問題は見られず

検査の結果から言えば、私に向いている職業は、サービス業だそうです。

笑うしかありません。

それができなくて困っているのに。

 

ただ検査を受けている際の、私の仕草や言動。

幼少期の状態等。

総合的に判断すると、典型的なアスペルガー障害という診断に至りました。

 

その診断自体は何らショッキングなことではなく。

私が思ったのは

「ああ、やっぱりな」

という冷めたものと

「もう、無理しなくてもいいのかな」

という、ちょっとした安堵でした。

 

私はそれまで、世の中の人は全て、初対面の人と会話することが苦手で苦痛だと思っていて

苦痛なのに楽しそうにできるって凄いな とか思っていました。

何か凄い修行でも積んだのではないかと。

でも、違ったんですね。

本当に好きで人と喋っている人は世の中に大勢いて

世の中と私は同じじゃなかったんです。

 

それ以来、自分の短所を認めるように努力するようになりました。

私は靴紐が上手く結べません。

上手く結べず固結びになってしまう。

これが嫌になり、悔しくて12時間ぐらい紐を結ぶ練習をした事があります。

それでも、できませんでした。

でも「自分は不器用なんだ」という前提で取り組むと

少し気持ちが大らかになり、余裕が生まれ……。

「不器用なんだ」と割り切ってからの方が、むしろ器用になった気がします。

 

自分にできないことを認めることで

自分にできることも見え始めました。

 

診断を受けるということは

自分が社会で生きていく道を探る上で、とても大事なことだと思います。

また、知らないで生きるより、知って生きる方がずっと楽です。

私は苦労することが好きな人間ですが

より楽しい苦労ができます。

結果が伴いやすくなります。

人から褒められることが増えます。

 

もしこれを読んでいる人の中に

自分は発達障害かもしれないけれど病院に行くことに抵抗を感じる

そんな人がいたならば、私は迷わず受診することをお勧めします。

検査の結果、違ったらそれで済みますし

もし発達障害であっても、自分の特性を知ることは大切なことです。

少なくとも、私のように無謀にもサービス業で店を構えて借金を抱え込むような大失敗は、しなくてすむと思います。